お米づくりを始めて10年。今年も蔵にお米を蓄えられました

実った稲穂

今日、ようやく脱穀が終わりました。

秋の日差しのなか、はざ掛けで干していた稲を脱穀機にかけて、稲から籾(もみ)を外していく。袋いっぱいになった籾を、蔵へ運び込みました。

積み上がった籾袋を眺めながら、今年もどうにかここまで来られたなぁと、ほっとしています。

はざ掛けで天日干しした稲束
はざ掛けで天日干しした稲
田んぼの脇で脱穀機を動かす
脱穀機で、稲から籾を外す
脱穀機から籾袋に流れ込む籾
籾が、袋の中へ

今年の収穫は、籾の重さで、ふだん食べるうるち米の「つきあかり」が378kg、お餅になるもち米の「ふくしま」が90.9kg。合わせて468.9kgになりました。

我が家は5人家族。妻は、蔵にお米がたくさんあると、それだけで安心すると言います。その気持ちは、よくわかります。

毎日食べるお米が、家にある。しばらくは買わずに暮らせる。食べるものを自分たちで育てて、蓄えておける。その安心感は、なかなか大きなものです。

目次

2016年、1.9反の田んぼから

お米づくりを始めたのは2016年。長女が生まれた年でした。妻には、東日本大震災のとき、お店から食べ物が消えた経験があります。その記憶もあって、家で食べるお米は自分たちでつくろう、と始めました。

最初の3年間は、茅野市の糸萱で、1.9反の田んぼ(1反はおよそ1,000㎡)。子どもを思いながら、ときには子どもをおんぶして、妻と二人で田んぼの草取りをした年もありました。

2019年は、引っ越しと古民家の改修で手が回らず、お休み。引っ越した2020年は1反、2021年は6畝(1畝はおよそ100㎡)と小さく始め直し、2022年は仲間と一緒に4枚の田んぼ、約2.7反まで広げて、いちばん多い1,057kgを収穫しました。その後は7畝の田んぼ2枚、そして今年は1枚です。

お米づくり、10年の記録(籾の重さ)

年田んぼの広さ籾の重さ(kg)ひとこと
20161.9反917.9糸萱で、はじめての年
20171.9反445
20181.9反608.5
2019――引っ越しと古民家の改修で、お休み
20201反369.8引っ越し1年目
20216畝210.8
2022約2.7反(4枚)1,057.2仲間と一緒に。いちばん多い年
20237畝×2枚356.2新しい品種「つきあかり」
20247畝×2枚493
20257畝×2枚370.3北の田は一部しか植えず
20267畝×1枚468.9今年

籾(もみ)は、籾殻がついたままの重さです。籾摺りをして籾殻をとると、これより軽くなります。

休んだ年をはさんで、今年が10回目の収穫。10回の合計は、約5.3トンになりました。よくやっているなぁと、自分でも思います。

今年は、収穫量をちゃんと考えた年

昨年は、7畝の田んぼ2枚で370.3kg。家族5人が1年間食べるには、ギリギリの量でした。

これまでは、収穫量をそれほど気にせず、まずは自分たちでつくることを大切にしてきました。でも、子どもたちも大きくなり、田んぼも1枚に減らした今年は、そうも言っていられません。収穫量を現実的に考えてお米づくりをしたのは、今年が初めてです。

そこで、肥料をしっかり入れました。そして、田植えの前の代かき(水を張った田んぼの土を細かくして、平らにならす作業)を、同じ地区のお米農家さんにお願いしました。借りているトラクターは代かき用ではないので、自分でやると、どうしても土を深く掘りすぎてしまい、田植えで苦労していたからです。お願いすると土が落ち着いて、田植えがやりやすくなります。

結果は、合わせて468.9kg。昨年より約100kg多く収穫できました。田んぼは1枚に減らしたのに、1畝あたりでは約67kg。10年の記録の中で、いちばん多い数字です。

天候などの条件もあるので、すべてが工夫の成果とは言い切れません。それでも、こうして蔵にお米を蓄えられたことが、素直にうれしいです。

4月、苗を育てるトンネルハウスと遠くの山
4月 苗づくり
6月、田植えを終えた田んぼ
6月 田植えのあと
7月、青々と育った稲
7月 青々と
9月、色づきはじめた稲
9月 色づきはじめて

春の苗づくりの様子は、こちらの記事にも書いています。

田んぼのある暮らし

お米づくりは、なかなか大変です。でも、田んぼにはうれしい瞬間がたくさんあります。

春、水を張ったばかりの田んぼには、空や山が鏡のように映ります。田植えで泥に足を入れたときの、ひんやりとした感じ。夏は、日ごとに青々と伸びていく稲。秋は、鎌で稲をザクザク刈る手応えと、はざ掛けの稲が並ぶ景色。

我が家の田んぼでは、除草剤を使っていません。だから、草取りは欠かせません。ガイドの仕事が忙しい時期と重なり、思うように手が回らないこともあります。それでも、お米が育つのをそばで見て、季節ごとの仕事をして、最後に食べるものが手元に残る。そんな暮らしが、我が家には合っているのだと思います。

お米は、食べるだけではありません。古くなったお米は、鶏たちに。もったいない気持ちもありますが、おいしい卵を産んでもらうために。稲わらは、お正月のしめ縄飾りに。

古米は、米麹づくりにも使います。一粒一粒をパラパラにほぐしてつくる麹には、古米が合っています。麹菌を振って、菌たちが育っていくのを見守る時間は、なかなか楽しいものです。

自分たちの田んぼで育ったお米が、当たり前にそこにある。それが、気持ちを深くしてくれるように思います。買ってきたお米だと、こうは気持ちが向かないのかもしれません。わからないけれど。

お米は、ほとんど買っていません。知り合いのお米農家さんから、味比べに買わせてもらうくらいです。

子どもたちが知っている田んぼ

子どもたちは、進んで手伝ってくれるわけではありません。声をかければ、渋々手伝ってくれる程度です(笑)。

それでも、田んぼでお米が育ち、刈って、干して、脱穀して、ようやくご飯になることは、ある程度わかっているはずです。除草剤を使わない、安心して入れる田んぼ。その脇の水路で足をつけたり、アマガエルやトノサマガエルを見つけたり。

農業体験に来る小学生や中学生にも、田植えや草取り、稲刈り、落ち穂拾いを手伝ってもらうことがあります。お米がどう育って、食卓までやって来るのか。その一部でも、手で触れて感じてもらえたらうれしいです。

助けてもらいながら、続けてきた

我が家のお米づくりは、機械も最小限です。持っているのは、4列ずつ植える手押しの小さな田植え機と、脱穀機だけ。トラクターや稲刈りの機械は、知り合いに貸していただいています。

機械を貸してもらえることも、代かきを引き受けてもらえることも、決して当たり前ではありません。近所のお米農家さんには、いろいろ教えてもらいながら、ここまで来ました。

子育てをしながら、山のガイドをしながら、田んぼもする。実際は、綱渡りのような日々です。ひとりで何とかしてきたのではなく、周りの人たちに助けてもらって、続けてこられました。

山で出会った人と、田んぼで

屋久島から茅野に移り住んだのは、山のガイドをしながら、山と、暮らしのある里をつなげたかったからです。

ただ、非日常の山と日常の里をつなげるのは、思っていたより難しく、「自然が好き」という人と、なかなかつながれずにいました。

それが、この3年ほどで変わってきました。毎年手伝いに来てくれる仲間。この暮らしを応援して、興味を持ってくれる人たち。山のガイドで意気投合したお客さんが、今度は田植えや稲刈りに来てくれる。毎年顔を合わせるうちに、家族ぐるみのつながりになりました。子どもたちも、その人たちに会うのを楽しみにしています。

山の上で同じ景色を見た人と、山の麓の田んぼで一緒に汗を流す。そんな関係が育ってきたことが、とてもうれしいです。

毎年、春の田植え体験と、秋の稲刈り体験も開いています。体験では、手植えや手刈りで。ふだんの作業では、田植え機や借りた機械も使います。

ひとまず、今年もここまで

今日、脱穀を終えて籾袋を蔵に運び込み、ひとまず一区切りです。

ここまで続けてこられたのは、家族の理解と、地域の皆さんの助け、仲間の支えがあったからこそ。田植えや稲刈りに来てくれた皆さん、気にかけてくれた皆さん、機械を貸してくれた皆さん、いろいろ教えてくれた近所のお米農家さん。そして、一緒に田んぼをやってきた妻と、渋々でも手伝ってくれる子どもたちにも。本当にありがとうございます。

来年は、代かきをお願いするのが難しいと言われました。これまで助けていただいたことに、感謝しています。さて、来年はどうしようか。大変になりそうですが、新しいやり方を考えるのも、お米づくりのうち。どうにか頑張ります。

当たり前に、お米がある。当たり前すぎて忘れがちだけれど、それはとても贅沢なことなのだと思います。

まずは、もうすぐ食べられる新米に感謝して。蔵にお米がある安心感を味わいながら、新米の季節を迎えたいと思います。


八ヶ岳の麓で、お米をつくりながら、山のガイドをしています。山でも、田んぼでも、お会いできるのを楽しみにしています。

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