シラビソ ― 標高の高い森を彩る「山のモミ」

八ヶ岳を標高2,000m付近まで登ると、あたりはしっとりとした深い緑の森に包まれます。
そこで出会う、凛とした立ち姿の針葉樹が 「シラビソ(シラベ)」 です。

クリスマスツリーのような形のこの木は、実は私たちの身近にある「モミの木」の仲間。その中でも、より厳しい高山帯を生き抜く、いわば “亜高山帯を代表するモミ” なのです。


目次

フィールドでの見え方

規則正しく広がる「扇」の美しさ

シラビソの森を歩くとき、ぜひ足を止めて枝先を見上げてみてください。

モミの仲間の特徴は、新芽が三股に分かれて規則正しく伸びていくこと。
下から見上げると、枝が扇のように綺麗に広がっているのが分かります。

特に6月〜7月の新緑の時期は、

  • 古い葉の「深い緑」
  • 生まれたばかりの「鮮やかな黄緑色」

このコントラストが息をのむほど美しく、森全体が若返ったような輝きを放ちます。


コメツガとの見分け方(樹皮)

同じ標高に生える「コメツガ」と迷ったら、樹皮を見てみましょう。

  • シラビソ:樹皮が白っぽく、比較的つるっとしている
  • コメツガ:樹皮が黒っぽく、縦に細かく割れ目が入る

まずは幹に触れてみる。それだけで森の解像度が一段上がります。


ガイドの視点

「シマガレ」と「シカ」が語る山のいま

北八ヶ岳、特に麦草峠周辺を歩くと、避けて通れないのが 「シマガレ現象」 です。

強く冷たい西風が吹き抜ける斜面で、木々が帯状に立ち枯れるこの現象。
風が葉の裏を通ることでダメージを与え、木を枯らしていきます。

枯れた木の奥にまた風が入り……というサイクルを繰り返し、数百年かけて山肌をゆっくりと駆け上がっていく。

これは「森の自然更新」のダイナミックな姿です。


そしてもう一つ、より深刻なのが シカの食害

シラビソの樹皮はシカにとって好物なのか、一周ぐるりと食べられて枯死してしまう個体が後を絶ちません。

今の八ヶ岳の森は、

  • 自然の力(風)
  • シカの食害問題

この両方に直面しています。

森は、静かに変化しています。


ちょっと面白い話

「幻の松ぼっくり」

山を歩いていると、足元にはいろんな松ぼっくりが落ちています。

・アカマツ
・カラマツ
・小さくて可愛いコメツガ
・種が食べられるチョウセンゴヨウ

今回、アカマツの松ぼっくりと、モミの仲間がバラバラに分解した後の“残骸”を並べて写真に撮ってみました。イチョウの葉のような形のものです。

モミの仲間の球果は、枝の上で直立し、熟すとその場でバラバラに崩れて種を飛ばします。だから、私たちが「松ぼっくり」として拾える形では、ほとんど落ちていません。

地面に残るのは、芯の部分や鱗片だけ。これがいわば“分解後の姿”です。

写真の中には、リスの食べ跡 ―― いわゆる「森のエビフライ」もひとつ紛れ込んでいます。見つけられましたか?

台風の後に枝ごと落ちたとき以外、完成形を見ることはほとんどない。

まさに、幻の松ぼっくりです。


森を育てる鳥「ホシガラス」

シラビソの話から少しそれますが、
松の実(特にチョウセンゴヨウやハイマツ)を狙ってやってくるのが、白い斑点模様が美しい ホシガラス

彼らは冬の備えとして地面に実を隠す「貯食」を行います。
しかし、隠して忘れてしまった種が春に芽吹き、新しい森を作ります。

この豊かな森も、
実は鳥たちの“うっかりミス”に支えられているのかもしれません。

ちなみに、チョウセンゴヨウの実は人間が食べても濃厚なナッツの味がする最高級品。
ただしヤニだらけになるので、ホシガラスに譲るのが賢明です。


五感で楽しむ

柑橘系のヤニと「山の思い出」

シラビソの切り口やシカの食べ跡からは、ヤニ(樹脂) が溢れ出しています。

ウェアやザックにつくとベタベタしてなかなか取れないのが、ガイド泣かせなところ……。

でも、その香りは格別。

指先についたヤニの匂いを嗅いでみてください。

表現するなら、

「レモンやオレンジのような柑橘系」に、スーッとする爽やかさを足した香り。

この匂いを嗅ぐだけで、
「あぁ、八ヶ岳に来たな」と実感させてくれる天然のアロマテラピーです。


シラビソ|図鑑的まとめ

  • 和名:シラビソ(別名:シラベ)
  • 漢字:白檜曽
  • 学名:Abies veitchii
  • 科・属:マツ科モミ属
  • 分布:本州(福島県〜紀伊半島)、四国
  • 生育帯:亜高山帯(標高1,500m〜2,500m付近)
  • 一行特徴:樹皮が白く、柑橘系の香りのヤニを持つ。松ぼっくりがバラバラに散る“幻の実”の持ち主。

山は、ただ頂上に立つための場所ではありません。枝の広がりに気づき、ヤニの香りに足を止め、風の音の違いを感じる。そんな小さな発見の積み重ねが、いつの間にか忘れられない思い出になります。もし「もう少し深く山を知りたい」「次は違う見方で歩いてみたい」と思ったら、ガイドという選択肢があります。歩く速度は少しゆっくり。その代わり、森の密度はきっと濃くなります。八ヶ岳の時間を、より豊かなものにしたい方へ。

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